アーティストになった瞬間
オーストラリアのある女の子からメールが届いた。
先日発行されたBLOCKマガジンで私のインタビューの記事を読んだという始まりだった。
そこからリンクして行ったmaiyoshida.comのサイトに載っている作品の中でDrawingやPrintも好きだけれど alice's cave のアニメーションが特に好きだと伝えてくれた。
alice's caveは4年前、アニメーションを始めるきっかけになった5分12分の作品で、今でも私にとっては特別な作品だ。
その女の子はまだアート学生で、どうやってアーティストになれたかと訪ねて来た。
そして、その答えを考えていたとき、自分でももう一度どうして、いつそういう意識を持ち始めたかを考えてみた。
2004年にRCA(Royal College of Art) に行く前まで、それこそ alice's cave を完成させるまでは自分の道がまるで見えず、とりあえずかっこいいものを見よう見真似で作ってた気がする。ファッション的なイラストをかければきっと仕事もあるし、コンピュータ技術は結構得意だしグラフィックデザイナーでもいいかなどと考えていた。絵本も書きたいけどそれはおばあちゃんになってからに・・とか。
信じられないくらい倍率が高いはず(学費も・・)のRCAの学校に入れた時、今思えば何かから救われた様な安心感を抱いた。
両親はしばらく金銭の問題で眉をしかめつつも、私がアートへ求める気持ちを知っていたので了解してくれた。
羽が生えた気分だった。
しかし、学校が始まってからは学費の金額のプレッシャーで1日12時間学校にいるくせに、友達関係で疲れてる自分がいたり。
みんなと友達になってしまったせいで、会う人会う人にご挨拶/お茶/バーでも行こうか・・・などとほんと「MAIはいつも遊びに来てるね」ってよく言われてた。12時間x7週間学校行ってたから精神的に不健康だった。作る作品はダークになるばかり・・。(RCAの傾向もあるかもね)
はっきりいって作品作るのが苦痛になってた。なぜなら学校にいる時間と作品の量が全然比例しなかったり!
卒業したらどうするかという話にTutor(先生)となり、「アニメーション作りたいけど短編アニメーションはメジャーじゃないから仕事もないだろうし、いっそイラスト系で行こうかと考えてます。」なんて話した。でも先生は「先生」だった。
「ここで学んでる事は卒業して2、3年何をするのか決める為じゃない。残り50年あったらその間何をやって生きて行くかを考慮する時間だよ。」
(・・・・感銘!)
2006年にMaster取得して学校終了。卒業してからはまた2004年のものとは違う「羽」が生えたように自由な気がした。
「財政が厳しい・・」「時間ばかりが過ぎる・・」
よく考えたら不安のタネはいつも同じ。
尊敬するアーティストもきっと私と同じように苦しんだりもがいたりして作品を作って行ったんだ、と考えたら作品ができないときのもやもやな不安感もプロセスなんだと思えるようになった。
自分がアーティストになったと感じた瞬間・・それは作りたい、伝えたいという気持ちだけで手が動き始めたとき。
先日発行されたBLOCKマガジンで私のインタビューの記事を読んだという始まりだった。
そこからリンクして行ったmaiyoshida.comのサイトに載っている作品の中でDrawingやPrintも好きだけれど alice's cave のアニメーションが特に好きだと伝えてくれた。
alice's caveは4年前、アニメーションを始めるきっかけになった5分12分の作品で、今でも私にとっては特別な作品だ。
その女の子はまだアート学生で、どうやってアーティストになれたかと訪ねて来た。
そして、その答えを考えていたとき、自分でももう一度どうして、いつそういう意識を持ち始めたかを考えてみた。
2004年にRCA(Royal College of Art) に行く前まで、それこそ alice's cave を完成させるまでは自分の道がまるで見えず、とりあえずかっこいいものを見よう見真似で作ってた気がする。ファッション的なイラストをかければきっと仕事もあるし、コンピュータ技術は結構得意だしグラフィックデザイナーでもいいかなどと考えていた。絵本も書きたいけどそれはおばあちゃんになってからに・・とか。
信じられないくらい倍率が高いはず(学費も・・)のRCAの学校に入れた時、今思えば何かから救われた様な安心感を抱いた。
両親はしばらく金銭の問題で眉をしかめつつも、私がアートへ求める気持ちを知っていたので了解してくれた。
羽が生えた気分だった。
しかし、学校が始まってからは学費の金額のプレッシャーで1日12時間学校にいるくせに、友達関係で疲れてる自分がいたり。
みんなと友達になってしまったせいで、会う人会う人にご挨拶/お茶/バーでも行こうか・・・などとほんと「MAIはいつも遊びに来てるね」ってよく言われてた。12時間x7週間学校行ってたから精神的に不健康だった。作る作品はダークになるばかり・・。(RCAの傾向もあるかもね)
はっきりいって作品作るのが苦痛になってた。なぜなら学校にいる時間と作品の量が全然比例しなかったり!
卒業したらどうするかという話にTutor(先生)となり、「アニメーション作りたいけど短編アニメーションはメジャーじゃないから仕事もないだろうし、いっそイラスト系で行こうかと考えてます。」なんて話した。でも先生は「先生」だった。
「ここで学んでる事は卒業して2、3年何をするのか決める為じゃない。残り50年あったらその間何をやって生きて行くかを考慮する時間だよ。」
(・・・・感銘!)
2006年にMaster取得して学校終了。卒業してからはまた2004年のものとは違う「羽」が生えたように自由な気がした。
「財政が厳しい・・」「時間ばかりが過ぎる・・」
よく考えたら不安のタネはいつも同じ。
尊敬するアーティストもきっと私と同じように苦しんだりもがいたりして作品を作って行ったんだ、と考えたら作品ができないときのもやもやな不安感もプロセスなんだと思えるようになった。
自分がアーティストになったと感じた瞬間・・それは作りたい、伝えたいという気持ちだけで手が動き始めたとき。
どこにも属さず、特に決まった収入がなくても自分を信じて継続する事を決めた時。
生きているうちにいくつ作品を作っていけるかと自分と勝負しようと決めた時。
オーストラリアの女の子、自分を信じて頑張ってください。
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BLOCKマガジン(5月号)
http://www.block-mag.com/
生きているうちにいくつ作品を作っていけるかと自分と勝負しようと決めた時。
オーストラリアの女の子、自分を信じて頑張ってください。
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BLOCKマガジン(5月号)
http://www.block-mag.com/


たどり着いたマイさんのウエブサイトで拝見した作品、特にアニメーションにひかれブログも拝見しました。ちなみMy favorite は"The Fish's Wish"です。日本の一部のアニメを除いてアニメーション(制作にも)ほとんど興味を持った事がなかったのですが、初めて直感的に惹かれました。実は私もNYで絵をやっているもので、”自分をアーティストにする(続けていくと決める)”までの道のり、険しかったです。もちろん生活は今も、そしてこれからもしばらくは楽じゃない。でも腹をくくるまでが一番つらかった。これからも陰ながら作品楽しみにしています! P.S I am just wondering if you can actually read my comment in Japanese....?
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たどり着いたマイさんのウエブサイトで拝見した作品、特にアニメーションにひかれブログも拝見しました。ちなみMy favorite は"The Fish's Wish"です。日本の一部のアニメを除いてアニメーション(制作にも)ほとんど興味を持った事がなかったのですが、初めて直感的に惹かれました。実は私もNYで絵をやっているもので、”自分をアーティストにする(続けていくと決める)”までの道のり、険しかったです。もちろん生活は今も、そしてこれからもしばらくは楽じゃない。でも腹をくくるまでが一番つらかった。これからも陰ながら作品楽しみにしています! P.S I am just wondering if you can actually read my comment in Japanese....?
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